08


ピリピリと肌に突き刺さる張り詰めた空気の中、遊士は止まっていた歩みを再開させた。

そして、こちらに背を向けて立つ小十郎の背後で止まる。

「そこを退いてくれ、小十郎さん」

気配で遊士達が来たことに気付いていた小十郎は振り返らずに言葉を返す。

「退きませぬ。遊士様はお下がり下さい」

「遊士様」

遊士と共に来た彰吾も遊士に下がるよう告げる。

しかし、遊士は逆に一歩前に足を踏み出し、小十郎の横をすり抜けて睨み合う二人の間に立った。

同時に腰に挿していた愛刀を一振り抜き放つ。

「オレが相手をする。だから小十郎さんは下がってろ」

ここで小十郎さんを失うわけにはいかない。小十郎さんは政宗の右目だろう?だったらオレがやる。

「お前も俺を止めるか遊士」

政宗は左目を細め、目の前に立った遊士を鋭い眼差しで睨み付けた。

「あぁ。今の政宗を行かせるわけにはいかねぇからな」

遊士は刀の切っ先を政宗に向け、構えた。

「ha、お前なら分かってくれると思ったが…」

政宗も刀を持ち上げ、上段に構えをとる。

「どうやら俺の思い違いだったようだ」

「―っ」

心に突き刺さる期待の言葉と向けられた敵意に遊士は表情を変えず、ただグッと奥歯を噛み、政宗目掛けて刀を振り下ろした。

ヒュンと鋭い音を立てて振り下ろされた遊士の刀は政宗によって受け止められる。

「遊士様!何を…!」

あまりにも大それた行動をとる遊士を彰吾が慌てて止めようとする。

「来るな!」

だが、それも遊士の一声で制された。

そして同じく止めに入ろうとした小十郎さえも、遊士の本気に触れて動きを止めた。

刀を弾かれ、遊士の身に政宗の刃が迫る。

「くっ、……っはぁ!」

それを体を捌いてギリギリの所でかわし、直ぐ様攻撃を仕掛ける。

ダンッと廊下から庭へと転がり、また激しく打ち合う。

互いの距離がゼロになり、ぶつかり合った刀が擦れガチガチと耳障りな音を立てる。

刀を挟み、一瞬保たれた均衡。遊士は口を開いた。

「…分かってくれ」

「………」

ガッと刀を弾き返され、遊士は後ろへ身体を逃がす。

「そんなボロボロの身体で行って、もし……死んだらどうする。アンタは奥州筆頭だろ?ンなの誰も喜ばねぇし、アイツ等だって苦しむ事になる」

後悔はしてからじゃ遅いんだ。それにオレは…

抑えなければ爆発しそうになる感情、遊士は努めて冷静に言葉を続けた。

「アンタのそんな姿、…見たくねぇんだよ」

普段の政宗より、キレも力も無い太刀を受け流す。

そのまま政宗の死角をとった遊士は、刃を返し傷を負っているその横っ腹を峰で打った。

「ぐっ…!!て、めぇ…遊士…」

「政宗様!」

傷口近くに入った遊士の容赦無い攻撃に、小十郎と彰吾が声を荒らげる。

手から刀が滑り落ち、政宗はドサリとその場に崩れ落ちた。

その様子を遊士は瞬きもせず、瞳に焼き付けるようにジッと見つめていた。

…大丈夫だ。政宗の想いはココにある。オレがお前の宝を取り返す。

遊士は刀を握る手とは逆の手で、心臓の真上、着物の袷を握り締めた。

「政宗様!」

「止める為とはいえ、いくらなんでもやり過ぎです遊士様!」

意識を飛ばし、地に倒れ伏した政宗に小十郎が駆け寄る。

彰吾は咎めるような視線を遊士へと向けた。

「説教なら帰って来た時にまとめて聞いてやる」

刀を鞘に納め、庭に背を向けると遊士は廊下に上がる。

「帰って来た時って…、まさか一人で行かれるおつもりですか!?」

彰吾の険しい声が飛ぶ。

「Yes.政宗の部下は未来のオレの部下だ。こんな些事で散らすつもりはねぇ」

「…お待ち下さい。なればこの小十郎もお供いたします。政宗様の命は誰一人見捨てぬこと。その命、竜の右目がしかと承りました」

政宗の傍らで片膝を付いた小十郎は主君に向けて頭を垂れた。








政宗を床に運び、念のため薬師に診て貰う。

その間彰吾は膝の上に乗せた刀を見つめていた。

「彰吾、お前にコレを預けとく」

そう言って城を出て行く直前に遊士が、腰に挿していた二振りの内右の刀を、鞘ごと抜いた。

遊士の愛刀にして伊達家の宝刀、銘を皇龍-コウリュウ-

これから戦いに赴くというのに、刀を預けるとはどういうことか。

彰吾は意味が分からなくて眉を寄せた。

それを察したのだろう遊士が口を開く。

「これとは別にちゃんともう一振り持ってくぜ」

「何故ですか?それならばこの刀で構わないのでは?わざわざ別の物を用意するより、手に馴染んだ刀の方が…」

説明が面倒なのか、時間が惜しいのか遊士は言葉を遮ると半ば彰吾に刀を押し付けるよう渡した。

「いいから受け取れ。必要になるかも知れねぇからな」

「………?」

何に必要となるのか。

彰吾は刀から視線を上げ、診察を続ける薬師と眠る政宗を眺めた。

手に馴染んだ刀。この刀はもしかして…。

奪われた刀と遊士の持つ刀は同じ業物だった―。



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